村上春樹『約束された場所で』~オウム真理教信者へのインタビュー集~
こんにちは!
みなさん、村上春樹という作家をご存知でしょうか?
村上春樹=フィクションのイメージが強いかと思いますけど、村上春樹はノンフィクションも書いています。
地下鉄サリン事件に関するノンフィクションは、2つ書いています。
一つは、被害者へのインタビューをまとめた『アンダーグラウンド』
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1999/02/03
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もう一つは、加害者側のオウム真理教の信者へのインタビューをまとめた『約束された場所で』です。
分量は、圧倒的に『アンダーグラウンド』の方が多いです。
さすが、弱者の味方の村上春樹ですね。
今回は、二つ目の『約束された場所で』いついて紹介します。
『アンダーグラウンド』はまた今度紹介しますね。
『約束された場所で』内容
『約束された場所で』では、8人の信者、元信者に対してインタビューしたものが載せられています。
その中で、私が気になったところをピックアップしていきたいと思います。
狩野浩之
「ひょっとしてこれは本当にオウムがやったのかもしれない」
ー(中略)松本サリン事件とか。そういう組織ぐるみの暴力犯罪がどんどん出てきますよね。そういうことに対して何か感じたことはなかったんですか?(村上春樹)
なんかばたばたしているな、という雰囲気はありました。(中略)
でもたとえ何を見せられても、その前に自分が与えられていた利益のようなものがあまりにも大きかったので、
それで(自分たちのやっていることは間違っていないと)頑なになっていたのかもしれません。
マスコミの報道を見ても、そんなものはまったく信じられなかったです。
マスコミの情報操作だと思っていました。
でも一昨年(九六年)くらいからようやく「そういうこともあったかもしれない」と考えるようになりました。(狩野浩之)-本文p.44より
地下鉄サリン事件が起きた時、自分たちがやったことだとは、にわかには信じられなかったということは、他の信者にも共通しています。
その理由の一つに、オウム真理教に入信してから、体調がよくなったとか、気持ちが軽くなった等、入信することで得られたメリットがあったからというのがあります。
自分にとってプラスになるものが、他の人に対してマイナスに働くはずがないと思ったようです。
そして、あとになって「そういうことがあったかもしれません」と自分たちがやったことを受け入れられるようになったようですが、
少し他人事のような感じもしますよね。
当事者意識が低いというか、、、
これは上が勝手にやったことで、自分たち真面目な信者は関係ないんですという印象を受けました。
インタビューをしている村上春樹も思うところがあるのか(あるに決まってますよね)、質問の口調が少し鋭い感じがしますね。笑
村上春樹は、大抵のことは「やれやれ」で済ます人なのに。笑
こんな村上春樹は他では見たことがありませんでした。
「オウム真理教っていう宗教団体がサリンをまいたって?
やれやれ、なんでわざわざ地下鉄でサリンをまかないといけないというんだ。
あるいは、サリンをまかないといけない理由があったのかもしれない。
しかし、サリンをまくに値する適切な理由があろうと、僕には全く関係のないことだった」
とはならなかったんですね。笑
岩倉晴美さん
「オウム真理教はすべての疑問に対して答えが用意されている」
出家するのは時間の問題だったと思います。
(中略)
自分でものを考えなくていい、決断しなくていいというのはやはり大きかった。
任せとけばいいんだぁって。
指示があって、その指示通りに動けばいいんです。
そして、その指示は解脱しているという麻原さんから出ているわけですから、すべてはきちんと考えられているんです。-本文p.217より
岩倉晴美さんという元信者は、オウム真理教のいいところは、全ての疑問に対して「答え」が用意されていることだと言っていました。
学校のテストと違って、生きていると「答え」のない問題が山積みで、時には嫌になることもありますよね。
「答え」がほしいのは、多くの人に共通したことですよね。
そうすれば、もぉ悩む必要もなくなるので、人生が楽になります。
その「楽」に惹かれる人は結構いますよね。
私も、特に辛いことがなくても生きているだけで辛いので笑、もっと楽になりたいと常に思っています。
「楽」になりたい人は沢山いますが、宗教に依存してしまう人と、そうでない人の二つに別れますよね。
この違いってなんですかね?
この元信者へのインタビューを読んでいると、時々羨ましいなと思ってしまうことがありました。
宗教に入信すれば、「答え」が用意されていて、悩みがなくなり、「楽」に生きていける
これってちょっと羨ましくないですか?
入信した人の全員ではないと思いますが、辛いことが全くない世界で生きていきたいですよね。
この毎日の辛さから解放されるならって少し考えてしまいますが、私は、「答え」が用意されているのは、楽だけど、そんな世界では生きていたくないと思いました。
誰かが用意した「答え」を受け入れるってつまらないじゃないですか。
それなら、自分で必死に考えて間違えた方が断然いいですよね。
たまに、現実から逃げるのはいいと思いますが、ずっと逃げ続けることなんてできないですよね。
いつか、その逃げた問題が再び自分に躍りかかってくるはずです。
逃げてもいいけど、逃げ続けてはいけないと思います。
立ち向かわなくてはならないときは、しっかり立ち向かわなくてはなりません。
人生ってそういうものですよね?笑
辛い、楽になりたいと言いながら生活しているうちが華かもしれません。
すべての苦しみから解放されると、人生に飽きるような気がします。
過剰な苦しさよくないと思いますが、適度な苦しさというのは、人生のスパイスとして機能するはずです。
「幸福な問題のない家庭に育った人はオウムには入らない」
幸福な問題のない家庭に育った人って、たぶんオウムには入ってこないんじゃないかと私は思います。-本文p.232より
これも先程と同じ、岩倉さんの言葉です。
ひっくり返すと幸福でない問題のある家庭で育った人がオウムに入るという意味ですね。
みんながみんなそうではないと思いますが、元信者が言っていることなので、そのような人が多かったということですね。
やっぱり、育った環境って大事なんですね。
私は、それほど問題のない普通の家庭で育ったので、自分は恵まれている方なのかなと思います。
そう考えると、以前に、中村文則さんの『最後の命』の記事でも書いたことですが、加害者も被害者なのではないかと考えてしまう部分があることも否めないです。
ただ、加害者を排除するだけでいいのかなと考えてしまいます。
高橋英利
「社会とはなんとか一線を画して生きていきたい」
大学に入ってからは、社会とはなんとか一線を画して生きていきたいという気持ちが、僕の中で強くなってきました。
いわゆるモラトリアム人間です。
僕らの世代は日本が裕福になった時代に育って、そこから社会を眺めているという意識がありますよね。
そしてそこにある「大人の社会」に、僕はどうしても馴染むことができなかったんです。
なんだかすごく歪んでいるように感じられました。
それで、そういうのとは違うもっと別の生き方、世界の眺め方がどこかにあるんじゃないか、そう考えるようになりました。
(中略)
現世での生活上の苦しみがあり、現実社会の矛盾に対する疑問があります。
そういうものから脱却するために、自分なりに理想社会というものを思い描きますし、
だからこそ、それに合致するような理想社会を旗印として挙げている宗教団体にうまく乗せられてしまうわけです。-本文p.236~237より
高橋さんが言うことは、 共感できる部分が少なからずあります。
私も、大学生の時は社会に出て「普通」に働くということが本当に嫌でした。
なんとかして、働かないで済む方法はないかと考え続けていました。
今もですが。笑
そんな時に、自分が思い描く理想を掲げているものがあれば惹かれていたかもしれません。
私はたまたまそういう環境にいなかったから、宗教に入っていなかっただけかもしれません。
宗教に対して偏見を持つ日本人って多いと思いますが、私は宗教にはいい宗教とよくない宗教があると思っています。
お金儲けを目的としたものや人を傷つける宗教はよくない宗教だと思いますが、
純粋に人を救うことを目的とした宗教はいい宗教だと思います。
イエスや釈迦は本当に人を救おうとしていたんじゃないですか?
イエスが言った言葉、釈迦が言った言葉は本物だと思います。
しかし、イエスが言った言葉、釈迦が言った言葉を曲解して、人をコントロールしようとするものは偽物だと思います。
本物か偽物かを見分けることが大事です。
人を救うのにお金はかからないはずです。
人を救うのに他の人を傷つける必要はないはずです。
本物か偽物かの見分け方は簡単ですね(*^-^*)
村上春樹と河合隼雄の対談
『約束された場所で』の最後には、『アンダーグラウンド』が刊行されてから二か月後に村上春樹と河合隼雄(臨床心理学者)が対談したものが収録されています。
名言のオンパレードなので覚悟していてください(*^-^*)
「正義のための殺人ちゅうのはなんといっても大量ですよ」
村上 オウムの人に会っていて思ったんですが、「けっこういいやつだな」という人が多いんですね。
(中略)
河合 それは やっぱりね、世間を騒がすのはだいたい「いいやつ」なんですよ。
悪いやつって、そんなに大したことはできないですよ。
悪いやつで人殺ししたやついうたら、そんなに多くないはずです。
だいたい善意の人というのが無茶苦茶人を殺したりするんです。
よく言われることですが、悪意に基づく殺人で殺される人は数が知れていますが、正義のための殺人ちゅうのはなんといっても大量ですよ。ー本文p.297より
河合隼雄さんの言うことすごすぎないですか?
完全に悟りを開いていますよね。笑
思わずうなってしまいますよ。
確かに、正義って、自分たちは正しいと信じている分、悪よりもたちが悪いですよね。
「一般社会の価値観とは完全にずれている人を排除すれば社会は健全になると思っている。」
村上 (中略)中には「この世間でうまくやっていけないだろうな」という人は明らかにいますよね。
一般社会の価値観とはもともと完全にずれてしまっている。
それが臣呼応の中に何パーセントくらいなのかは知らないけれど、
良くも悪くも社会システムの中ではやっていけないという人たちが存在していることは確かだと思うんです。
そういう人たちを受ける受け皿みたいなものがあっていいんじゃないかと僕は思いますが。
河合 (中略)つまり社会が健全に生きているということは、そういう人たちのいつポジションがあるということなんです。
それをね、みんな間違って考えて、そういう人たちを排除すれば社会は健全になると思っている。これは大間違いなんです。
そういう場所が今の社会にはなさすぎます。ー本文p.300より
この二人のやりとりレベル高過ぎじゃないですか?( *´艸`)
オウム真理教の信者たちのインタビューも興味深かったですが、この二人の対談も負けず劣らず贅沢です。
確かに、「普通」に学校行って「普通」に働くのがあたりまえで、どうしてもそれができない人を受け入れる場所ってないですよね。
だから、社会のシステムにうまくハマらない人たちは、不満が溜まって爆発してしまうってことになってしまうんですね。
早くそんな受け皿ができてほしいですね。
ここに、受け止めてほしい人がいますよー笑
社会に適合しているフリをしているだけの、社会不適合者がいますよー笑
そろそろ爆発しそうですよー笑
「全部説明がつく論理なんてものは絶対だめ」
村上 全部きれいに説明がつくというのが、この人たちにとって大事なんですね。
河合 そうです。でもね、全部説明がつく論理なんてものは絶対だめなんです。僕らにいわせたらそうなります。そやけど、普通の人は全部説明できるものが好きなんですよ。
村上 そうですね。そういうのをみんな求めている。これは宗教だけじゃなくて、一般のメディアなんかにしてもそうですよね。ー本文p.303より
答えがあると思うからいけないと思うんですよ。
答えなんて人それぞれなんだから、人から教えられた答えなんて、そんなの自分にとっても答えになるとは限らないですよね。
「悪をどのように抱えていくか」
河合 (中略)これからはもうちょっと人間も賢くなって、どんな組織にせよ家庭にせよ、ある程度の悪をどのように抱えていくかということについて、もうちょっと真剣に考えたほうがいいと思いますね。
それをどのように表現し、どのように許容していくかということです。
村上 (中略)人間というのは自分というシステムの中に常に悪の部分みたいなのを抱えて生きているわけですよね。
河合 そのとおりです。
村上 ところが誰かが何かの拍子にその悪の蓋を開けちゃうと、自分の中にある悪なるものを、合わせ鏡のように見つめないわけにはいかない。
だからこそ世間はあんなに無茶苦茶な怒り方をしたんじゃないかという気がしたんです。
(中略)
とにかく罰するというか。
河合 みんな自分に実害のない誰かを罰するのは大好きなんです。ー本文p.310~311より
悪をいくら排除したところで、その場しのぎにはなっても根本的な解決とはならないということですね。
いくら脂肪吸引しても、食べる量を減らさない限り、意味がないみたいな感じですね。笑
誰かが悪いことをしているのを見たら、あるいは、そのようなニュースを見ると必要以上に怒ったり、バッシングしたり、炎上させたりする人っていますよね。
そういう人は、他の人の悪い部分を見ることで、自分の中の悪の蓋が開き、見たくもない自分の悪い部分を見てしまい、感情的な怒りの発露になってしまうようですね。
自分に悪いところがないと思っている人こそ、人の悪いところは許せなくなってしまうように思います。
自分の中の悪に向き合うことで、他の人に寛容になれるのではないでしょうか。
そして、他人に寛容な人が増えれば、社会全体の風通しがよくなり、オウムやイスラム国などが出てくることもなくなるのではないでしょうか。
大事なのは、自分のも含めて悪の存在を認め、排除するのではなく受け止めることですね。
今回紹介する対談は次で最後にします。
結構載せた気がしますが、これでも厳選しています。笑
ためになる話しかしていないので、読んでみてください。
村上春樹の小説が苦手な人も、対談は抵抗なく読めると思います。
村上春樹の思慮の深さを知ることができますよ( *´艸`)
「 エリートがオウムに入ることはぜんぜん不思議じゃない」
村上 (中略)世間の人は「あんなエリートがどうしてオウムなんかに」って疑問に思うわけですが、そんなのはぜんぜん不思議じゃないです。
彼らは様々に理由によって、広い現実の世界ではなく、ミニチュア疑似世界のエリートになっただけなんです。
たぶん広い世界に出るのが怖いからじゃないかと思うんですが。そういう人たちはどんな小さなところにも必ず出てくると思います。
河合 そういうものを出さないためには、これから一人ひとりをもっと強くしなくてはいけないなと思いますね。
そのためには教育をちゃんとしなくてはならない。
今の教育はもうぜんぜん駄目です。
一人ひとりをもっと強くする教育を考えないかんです。
それでもね、学校に行かない子どもが十万もおるなんて、やっぱりこれはずいぶん進歩してきたんです。
それを文部省が許容しているというのは、文部省だってずいぶん変わってきたんです。
村上 それはいいことですよね。僕は学校は嫌いだから。でもね、この前どこかで調査をやっていて、それを読んだんですが、日本人に好きな言葉を選らばせると、「自由」というのは四番目か五番目くらいなんですってね。
僕はなんといっても「自由」がいちばんなんですが、日本人のいちばん好きな言葉は「忍耐」とか「努力」なんですよね。-本文p.318~319より
みなさんもご存知のようにオウムの信者の中には、現役の東大生もいました。
なんで東大に入れるような頭のいい人が、なんて思う人もいると思いますが、彼らは頭がいいのではなく、しっかり受験勉強をした人たちです。
人格が優れているわけでも、社会の役に立ちたい人とは限りません。
だた、試験で一定の点数を取ることが出来た人たちなんです。
そして、学生の職業といわれている勉強を真面目にやってきているので、そこらへんの人たちよりも素直であると言えます。
また、学校などの狭い世界では「エリート」であるので、自分のことを「できる人」だとも思っています。
しかし、「エリート」でいられるのは狭い世界でだけです。
もっと広い世界を相手にすると、自分のちっぽけさに気づいてしまいます。
今まで、自分はできると思っていて、周りからもチヤホヤしてもらえる世界から出たいなんて思いません。
できるかぎり自分は「エリート」でいたんです。
しかし、中には、自分は勉強しかしてこなかっただけの、勉強しかできない薄っぺらい人間であると気づいている人もいます。
なので余計に、今いる世界からでることが、もっと広い世界に出ることが怖いんです。
自分が「エリート」でなくなることが怖いんです。
なんでそんなに知っている風に話すのかと思われた方もいるかと思いますが、
これは私自身の実体験でもあります。
私は、高校生の時、東大とはレベルが違いますが、旧帝大の一つである地元の大学に行くことに憧れていました。
高校2年生から必死に勉強して、なんとか合格することができました。
大学に入ったときは、地元で1番で知らない人はいない大学に入れたということもあり自分は「エリート」の仲間入りができたと思っていました。
しかし、いざ就職をするにしても、自分はただ勉強をしてきただけの「空っぽ人間」であることに気が付きました。
なので、社会に出て自分が「エリート」でなくなることが本当に怖かったです。
就職をするにしても、旧帝大を出たのに大したことない企業に入るのもプライドが許せませんでした。
プライドもそうですが、大したことない企業に入ったら一体なんのために勉強をしてきたのかがわからなくなり、今までの努力がムダになることを恐れていました。
私の反省すべきことは、大学に入ることをゴールとしていたため、入学してから目標がなくなり燃え尽きてしまったことです。
受験が終わった後、すぐに別の目標を立てておけばよかったと思っています。
もぉ遅いですけどね。笑
今の目標は、できる限り早く仕事を辞めて独立することです。笑
就職する前に、目標を立てました。笑
前回の失敗をしっかり活かしています(*´▽`*)
話が逸れましたが、こういう訳で私は「エリート」の気持ちが、理解できる部分があります。
できる限り「エリート」のまま、どっか別のところに行きたいと思う気持ちはすごくわかります。
わたしも就職する前は逃げたくてしかたありませんでした。
出家してしまえば、「エリート」であることを維持できますからね。
私は、出家という選択肢はありませんでした。
ここまで育ててくれた親に対して申し訳ないという気持ちもあって。
実際に働いてみると、何十年も働いている人にはやっぱり敵う訳がありませんでした。
今までは、周りと比べて「できる」方であった自分が、一気にできない方になり、すごく悲しいというか、情けないというか、世界の広さに気づかされました。
自分は所詮、井の中の蛙で、世界の広さを知らなかった、いや、知りたくなかっただけでした。
今は、上には上がいることを受け入れていますし、自分はまだまだできないから、これからしっかり経験を増やさないといけないと前向きに考えられるようになりました。
社会でしっかり早く学んで、すぐ辞めるのが理想ですが。笑
「学校に行かない子どもが十万人もいることが進歩!?」
先程の対談で、河合隼雄さんが言った
「それでもね、学校に行かない子どもが十万もおるなんて、やっぱりこれはずいぶん進歩してきたんです。」
この部分が私はすごく気に入りました。
新聞やテレビなら、学校に行かない子どもが十万人もいることは大問題として扱いますよね。
しかし、河合さんと村上春樹は、それは進歩であると考えています。
その理由は、文部省が許容しているから。
この発想はすごいですよね。笑
確かに、今はなんとかしないといけないと言いつつも「引きこもり」や「ニート」という存在を受け入れてきていますよね。
それだけ社会が豊かで、寛容的になっているということですよね。
働かなくても食べていける環境にいるということですもんね。
これは、ある意味羨ましいですが、目くじらを立てて怒る必要はなさそうです。
もし、「引きこもり」や「ニート」が働き始めたら、今職を探している人たちは、倍率が上がってしまい、職にありつけないなんてことになってしまいます。
そして、働かない人がいるからこそ、働いている人は偉いんです(*´▽`*)
それもこれも、「引きこもり」や「ニート」のおかげですね。笑
今度からは、「引きこもり様」や「ニート様」って呼ばないといけないですね。笑
「引きこもり様」の~おな~り~って感じですね。笑
自分でも、ちょっと何言っているかわかりませんが。笑
そもそも「引きこもり様」は「引きこもり」なので、おな~り~しないですね。笑
って、本当に意味わからないですね。笑
何言っているか分からなくたってきたので、以上で、村上春樹『約束された場所で』の紹介をおしまいにします(*´▽`*)
ここまで読んでくれた方ありがとうございました(*^-^*)
なんと、ここまでで、9600字弱あります。笑
400字詰めの原稿用紙24枚って考えるとなかなかの量ですね。笑
昔は全然文章なんて書けなかったのに。笑
ブログを始めて、書きたいことはいくらでも書けることがわかりました(*´▽`*)
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